ゲーテの作品と日本の某お菓子メーカー名との関係!?

 

ドイツの詩人、劇作家、小説家、科学者、哲学者、政治家であったゲーテは、1780 年6月23 日にフランクフルトの 「アマリア・ロッジ」 でフリーメーソンに加入しています。

 

彼は、モーツアルトの 「魔笛」 を観て、そのオペラがフリーメーソン思想を表現したものであることを見抜き感動し、その続編 「魔笛」第二部 を書こうとすらしたほどでした。

 

作品~「ウィルヘルム・マイスターの修行時代」 「ウィルヘルム・マイスターの遍歴時代」

18 世紀のヨーロッパの啓蒙思想と科学技術の時代を過ごしたゲーテの、フリーメーソン精神がいかんなく表現されて、ドイツ教養小説の最高峰とされている作品は、 1796 年に完成させた 「ウィルヘルム・マイスターの修行時代」 と 1821 年に完成させた「ウィルヘルム・マイスターの遍歴時代」 であります。

 

そこには、 「塔の結社」 というフリーメーソンをモデルとする結社が登場し、主人公ウィルヘルムの自己実現を助けます。

 

遍歴するウィルヘルムの息子フェリックスの教育を託する学園の理想を論じる場面で、人間の 「上にあるもの」 「下にあるもの」 「等しいもの」 への畏敬という三つの畏敬が強調されます。

 

この三つの畏敬から最高の畏敬、すなわち自己自身に対する畏敬が生まれます。

そして、この自己自身に対する畏敬から、また三つの畏敬が生まれ育ち、こうして人間は自分が到達いする最高のものに達し、自分と神と自然が生み出した最も優れたものとみなすことが許されるばかりか、うぬぼれと我欲によって、再び卑俗なものへと引き下ろされることなく、この高みにとどまり得るのです。

 

人間が 「到達しうる最高のもの」 とは

畏敬とは、 「一つのより高い感性であり、人間の天性に加えれねばならないもの」 であり、この感性を発達させた人間は、 「昔から聖者とか神と見なされてきた」 と説明されます。

 

すなわち、人間が 「到達しうる最高のもの」 とは、結局は 「神」 そのものであり、「魔笛」 で示された 「神=人間」 となるべく人間の神化という主題が、「ウィルヘルム・マイスターの修行時代」 と 「ウィルヘルム・マイスターの遍歴時代」 でも繰り返し示されているのです。

 

人間の神化の道は、道徳(この小説では 「畏敬という徳性」 と表現されている)を通して拓かれており、ここからがフリーメーソン思想で大事なところですが、その目的の実現は、個人にとどまらず、社会全体の目的として捉えられている事が重要なのであります。

 

フリーメーソンのシンボルマークは何やら怪しげですが、そこにソロモンの神殿が描かれているのは、理性により自己を神に近づけるまでの徳性を持てるように修行をするだけでなく、社会また世界全体にもそれを広げなければならないという意味があるのです。

 

「世界的結合」 という 「塔の結社」 の目的は、フリーメーソンが理想とするものとぴったりと重なっています。

 

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近代日本を創っていったウィルヘルムの理想

ウィルヘルムはやがて、こうした理想の実現を求めて、同志とともに新大陸アメリカへの移住を決意します。

 

ウィルヘルムは小説の中の人物ですが、彼の目指すアメリカでは理想国家実現のための活動は着々と進められましたが、アメリカという現実の国家建設において重要な役割を果たしたのも、フリーメーソンでありました。




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こういった思想がヨーロッパやアメリカで流行していたのが、日本で言えば江戸時代の後期であり、明治維新の指導者たちもフリーメーソンの思想の影響を大きく受けて、理性と科学技術の啓蒙思想で、近代日本を創っていったのです。

 

日本においては、明治以来、医学や科学、法学、軍事など様々な面でドイツを範としたこともあって、ドイツの文化が熱心に学ばれ、ゲーテはよく知られています。

 

明治時代から森鴎外らによるゲーテの著作の翻訳が行われ、とくに 「ファウスト」 「若きウェルテルの悩み」 などは多数の翻訳者が翻訳に取り組んでいます。

 

お菓子メーカーで 「お口の恋人ロッテ」 という会社がありますが、これは 「若きウェルテルの悩み」 に登場するヒロイン、シャルロッテ・ゾフィー・ヘンリエッテ・ブッフ(Charlotte Sophie Henriette Buff)の名前からとった社名です。

 

彼女は、ゲーテが大学を卒業後、ヴェッツラーで法律の勉強をしていた時に一目惚れした実在の女性です。シューベルト作曲で、ウィーン少年合唱団がよく歌う有名な 「野ばら」 の歌詞はゲーテが原作です。

 

ゲーテが20 歳の頃、当時フランス領だったシュトラスブルグ大学の学生だった頃、そこで可愛い娘フリーデリーケと恋に落ちますが、ゲーテは勉学にいそしむために彼女を振ってしまいました。

 

しかし、その時の良心の呵責の念はいつまでも消えず、「野ばら」の詩には、その影響が深く出ているのだそうです。

 

フリーデリーケを野ばらになぞらえ、自分の仕打ちのひどさに自らさいなまれるという、なかなか心痛む内容で、フリーデリーケは一生結婚をしなかったそうです。

 

野ばら

 

少年が小さなばらを見つけた

野に咲く小さなばら

みずみずしく さわやかで美しかった

間近で見ようと駆け寄って

嬉しさいっぱいで見とれた

小さなバラ 小さなバラ 小さな赤いバラ

野に咲く小さなバラ

少年は言った 「お前を折るよ、野に咲く小さなバラよ」

小さなバラは言った 「私はあなたを刺しますあなたが私のことをいつまでも忘れぬようにそして私は傷ついたりしないつもり」

小さなバラ 小さなバラ 小さな赤いバラ

野に咲く小さなバラ

それなのに乱暴な少年は折ってしまった、

野に咲く小さなバラ

小さなバラは自ら防ぎ、刺した苦痛や嘆きも彼には通じず

それは折られてしまうとは

小さなバラ 小さなバラ 小さな赤いバラ

野に咲く小さなバラ

 

HEIDENRÖSLEIN

 

Sah ein Knab’ ein Röslein stehn,

Röslein auf der Heiden,

War so jung und morgenschön,

Lief er schnell, es nah zu sehn,

Sah’s mit vielen Freuden,

Röslein, Röslein, Röslein rot,

Röslein auf der Heiden

Knabe sprach: Ich breche dich,

Röslein auf der Heiden !

Röslein sprach : Ich steche dich,

Daß du ewig denkst an mich,

Und ich will’s nicht leiden.

Röslein, Röslein, Röslein rot,

Röslein auf der Heiden

Und der wilde Knabe brach

‘s Röslein auf der Heiden ;

Röslein wehrte sich und stach,

Half ihm doch kein Weh und Ach,

Mußt’ es eben leiden.

Röslein, Röslein. Röslein rot,

Röslein auf der Heiden.

 

ウィーン少年合唱団 野バラ

 

 


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