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近代日本とフリーメーソンとGHQや原爆

フリーメイソンと日本

イギリスの産業革命

イギリスの産業革命による科学技術の発達、そして大航海時代によるアジア諸国との接触で、世界の歴史は必ずしも聖書の教えるものと一致しない事を学んだヨーロッパの人々の間では、宗教からは少し距離を置き、超自然的なものではなく、科学技術に基づき、人間本来の理性を中心に捉えて思考するという啓蒙思想が17-18世紀に興りました。その啓蒙思想を受けて、活動が盛んになったのがフリーメーソンです。

宗教から開放され、科学技術の発達により、ヨーロッパの国々は国力を増し、大きな発展を遂げることになりました。 そして蒸気機関と鉄道の発明により、鉄そのもの、そして鉄を溶かし還元するための石炭などの需要が増え、ヨーロッパ内からだけではまかないきれない地下資源を求めて、アフリカやアジアに進出して来たのです。

 

フリーメーソン思想の原点

フリーメーソン思想の原点は、古代エジプト神話のホルス神の万物を見通し真理を追求するもので、古代イスラエルのソロモンの知恵、ギリシアのピタゴラス学派につながる真理の追究、建築・数学を重視し、「自由・平等・博愛」を説く、ヨーロッパで啓蒙時代に興った極めて平和的なものであります。それが「石工組合」に伝承され、中世ヨーロッパで石造建築が行き渡り、建設需要がなくなったあたりから、石工ではない政治家、貴族、学者たちが入会することになり、政治色を帯びてくるようになりました。

また、当時のヨーロッパの哲学者や音楽家たちも、啓蒙思想と古代からの理性中心的な考えをあわせ持つフリーメーソン思想に大きな影響を受け、自らもフリーメーソンとなっています。 モーツアルト、サリエリ、バッハ、ハイドン、ベートーベン、リストなどは全員フリーメーソンです。

そして、アメリカ建国にもフリーメーソン思想は大きな影響を与えており、アメリカ建国の父と呼ばれた人達の56人中53人が、また歴代大統領の14人がフリーメーソンであります。

 

近代日本とフリーメーソン

近代日本は、まさにフリーメーソンとともに歩んできたようなもので、日本に最初に入って来たフリーメーソンは1779 年に来日し、オランダ商館長となったアイザック・ティチングで、日本にフリーメーソンのロッジ(集会所)ができたのが1864
年の横浜、日本人で最初にフリーメーソンになったのがオランダのライデン大学に留学していた西周で同じく1864 年のことでした。

1853年にフリーメーソンであったペリーが日本を開国させ、日米修好通商条約で通訳として活躍したのが、フリーメーソンに深い関わりを持ったジョン万次郎。

フリーメーソンであったグラバーが維新軍に武器を供給して明治維新は成し遂げられ、フリーメーソンの在英日本公使の林董(はやしただす)が日英同盟を調印し、フリーメーソンのシフによる資金供給で日露戦争を戦い、その後中国ではフリーメーソンの蒋介石とアホな日本の政治家たちにより日英同盟は破棄され、フリーメーソンの蒋介石ををフリーメーソンのルーズベルトが支援し、フリーメーソンのオッペンハイマーが原爆の開発に成功し、フリーメーソンのルーズベルトが原爆投下を決定し、フリーメーソンのトルーマンが投下しました。

そしてフリーメーソンであるマッカーサー率いるGHQ による占領政策で、戦後の日本が形成されてきたのが日本の近代史です。

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